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秋田地方裁判所 昭和30年(行)5号 判決

原告 佐藤光雄

被告 早口町議会

主文

被告が昭和三十年二月五日になした原告を被告議会の議員から除名する旨の議決は、これを取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

主文と同旨の判決を求める。

第二、請求の原因

原告は、被告議会の議員であつたが、被告議会は昭和三十年二月五日の臨時会において原告を被告議会の議員から除名する旨の議決をした。而して、その事由とするところは、原告は同町泊滝所在の同町有林盗伐被疑事件調査のため、被告議会により設置せられた特別委員会の委員であつたが、昭和三十年二月一日開会の右特別委員会において、他の四名の右特別委員会委員に対し、「諸君は、四名で組んで私をヤシメル意思である。」と発言したことは、地方自治法第百三十二条にいわゆる「無礼の言葉」、同法第百三十三条にいわゆる「侮辱」に該当するので、同条並びに同法第百三十四条、第百三十五条による議決として、原告を除名処分に付したものであるというにある。しかし、原告には、右のような事実はないから、右議決は、懲罰事由がないのになされた違法のものである。仮りに、右のような事実があつたとしても、右言辞は、一般に数人の者が集まつて論議し、意見が岐れるような場合には、他意なく発せられる程度のものであるのみならず、右特別委員会の委員数は、僅か六名であり、而もその議事運営は、会議式によらず、会談的に粗野な方言を用いて意見を交換するもので、かような委員会において発せられた右言辞が地方自治法第百三十二条の「無礼の言葉」、或いは同法第百三十三条の「侮辱」にあたると主張するのは不当である。仮りに、そうだとしても、「軽蔑する。」という意味を軽くしたに止まる「ヤシメル」との片言隻句を捉えて、原告を議員に対する極刑ともいうべき除名処分に付したことは、懲罰の種類を選択するにつき、議会としての自由裁量権の限界を逸脱したもの、すなわち、懲罰権を濫用したもので違法である。よつて、本訴において、右除名の議決の取消を求める。

第三、被告の答弁及び主張

一、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求める。

二、原告が被告議会の議員であつたこと及び被告が原告主張の臨時会において原告主張の事由に基き、原告に対する懲罰として原告を被告議会の議員から除名する旨の議決をしたことは認める。しかし、右議決は以下に述べるような事由により、違法ではない。

(1)  先ず、原告につき、原告主張の事由による懲罰事犯が発生したことは疑いない。すなわち、原告は、原告主張の特別委員会委員として、原告主張の日に開会せられた右委員会において、原告主張の趣旨の発言をした。而して、被告議会が、右発言に対し、原告に対する懲罰として除名処分を以て臨んだのは、次のような事情に基くものである。

(2)  昭和二十八年中早口町においては、当時の町長及び町議会議員の連座した涜職事件が発生し、右町長や大多数の町議会議員が辞任し、昭和二十九年四月補欠選挙が施行され、次いで任期満了により同年八月町議会議員の総選挙を施行し、原告等現議員が当選したのであるが、右涜職事件等の後を受けついだ現議員は、被告議会の信用を挽回するため、一致協力して、苟も自己の言動により、町民の批難、誤解を招くことのないよう互いに戒め合つてきた。

(3)  それで、偶々右総選挙後の昭和二十九年九月早口町の前町長時代に払下げした早口町泊滝所在の同町有林の盗伐被疑事件が発生するや、被告議会は二回に亘つて議員全部を現地に派遣して、徹底的にこれが調査に当らせ、その結果、早口町の払下げ分以上の数量のものが伐採されていることが判明したが、それが誤伐によるものか、盗伐によるものか、盗伐によるものとすれば、盗伐者は誰かの点が不明であつたので、その調査のため被告議会は、昭和二十九年十月十八日原告主張の特別委員会を設置し、原告ほか数名の議員を右委員に任命した。

(4)  その後、右特別委員会は、現地調査、関係者の招致審問等の方法により調査を進め、その結果、原告及び金沢徳彌の両委員は被告議会の議員である佐藤辰治の関係している旭土建が盗伐したものと認めるに至つたが、他の委員等は、右のような断定はできないものと認め、結局委員会としての結論を纒めることができなかつたので、同年十二月二十七日各委員の調査結果をそのまま被告議会に報告した。

(5)  右報告を受けた被告議会は、昭和三十年一月二十七日の本会議において右報告を中間報告と認め右特別委員会が更に町当局と協議した上、一致した結論を出すべきであるとの決議をしたので右特別委員会は、同年二月一日原告及び前記金沢徳彌議員を除く四名の委員及び早口町長出席の下に議事を開始したところ、議事の途中に原告が出席し、委員長や他の委員に対し激しい口調で「何故、金沢徳彌議員(当時、既に右特別委員を辞任していた。)に招集の通知をしないのか。」とか、「委員会は既に解散しているではないか。」などと難詰し、委員長や他の委員の説明に耳を藉そうとせず、委員会の審議を妨害する態度に出たため、委員長は議事を進行することができないので、原告に発言を一時停止するよう命じた際に、原告は懲罰事由とされた発言、すなわち、「私の意見に誰も賛成しないし、むしろ皆で私をヤシメルものだから、退席する。」との発言をした。そこで、委員長、他の委員は右発言に痛く憤慨したが、委員長はとにかく委員会としての結論を出すべく、原告にも意見を求めたところ、原告は、「意見は、本会議で申し述べる」旨述べたので、委員長も遂に退場を命ずるに至つた。

(6)  右のような状況の下になされた原告の右発言は、他の委員全部において、原告が前記盗伐事件の被疑者であると認めた旭土建をかばい、反面原告をいじめる(「ヤシメル」とは、いじめるとか虐待するとかの意味)ものであるとする趣旨であることは、明瞭で、右委員全員の公正に疑念を持つていることを表明したものであり、従つて、右は他の委員全員に対し無礼な言葉を使用し、且つ重大な侮辱を加えたものとみるべきである。従つて、原告の右発言が、地方自治法第百三十二条の「無礼の言葉」、同法第百三十三条の「侮辱」にあたることは明白である。

(7)  而して、原告の右発言は原告の人格、性癖、平素の行動からみても、議員の品位、議会の信用を傷けるものがあることを物語るものであるところ、被告議会は前記のように、旧套を脱して新発足しようとする矢先であるので、右発言をするような原告を議員としての地位に留まらせて置くことは、将来の議会運営上、どのような事態を招来するやも知れず、町民の被告議会に対する信用を毀損する虞れなしとしないので、原告に対する懲罰として、除名処分に付するのを相当と考えたのである。

よつて、本件除名の議決には、何ら違法の点は存しないから原告の本訴請求は、失当である。

第四、被告の主張に対する原告の反駁

一、被告主張の第三、二の(5)及び(6)について

原告が昭和三十年二月一日開会の原告主張の特別委員会において金沢徳彌議員の出席を求めたのは、同議員だけが、原告と同一意見を持つていたことによる。又原告が退席したのは、出席の全委員により、金沢議員との同席の要求が拒否されたので自己の意見に対しては考慮が払われないと考えたからである。従つて、原告が仮りに退席前に被告主張のような「ヤシメル」云々の言辞を用いたとしても、それは、「君等は私一人だと思つて、私のいうことを聞かないから、本会議で申し上げる。」という趣旨のもので、相手に侮辱を感じさせる言葉ではない。

二、被告主張の第三、二の(7)について

議会における議員のある行為が懲罰事由に該当するかどうか該当するとしたならば、如何なる種類の懲罰を以て臨むべきかを議会が判断するについて、当該行為者の人格、性癖、平素の行動までも参酌することは、行き過ぎであり、公私混淆するものである。又およそ、公選議会の議員たる者は、自己の正しいと信ずることについては、他の議員の意見に盲従すべき義務はないのであつて、むしろ、少数の反対意見があることは、その議会に清新の気を注入し、且つ多数議員に反省の機会を与える指針ともなるものである。従つて、原告が前記特別委員会の席上、他の委員の意見に反対したことが、被告議会の議事運営に支障を来すことになるとは考えられない。要するに、本件除名の議決は、被告議会の議員中の有力者と称する者が自己の勢力を維持するため、三、四名の反対派議員の一人である原告を失脚させるため、右特別委員会における原告の言動を誇大に取上げ、これを懲罰事由として利用した結果によるものである。

第五、証拠〈省略〉

理由

原告が昭和二十九年八月施行の総選挙により当選した被告議会の議員であつたこと、被告議会において昭和二十九年九月早口町泊滝所在の早口町有林盗伐被疑事件調査のため、特別委員会を設置し、原告外数名の議員が同委員会委員に任命されたこと、同委員会が昭和三十年二月一日開会された該委員会に原告が出席したこと以上の事実は弁論の全趣旨に徴し、当事者間に争いないものとみなすべく、被告議会が昭和三十年二月五日臨時議会を開会し、同議会において昭和三十年二月一日の右特別委員会において原告が他の出席委員に対し「諸君は組んで私をヤシメル意思である」と発言したとなし、該発言は出席委員に対し無礼な言葉を使用したものであり、同時に出席委員を侮辱したものであるとして、原告を除名する旨の議決をしたことは、被告の認めるところである。

よつて、右懲罰事由の有無及び当否について判断する。

第一、先ず、原告が昭和三十年二月一日開会の右委員会において、右懲罰事由とされた発言をしたかどうかにつき、按ずるに、成立に争いのない乙第一号証の一、二、乙第三号証の一、二、証人五十嵐四三、同佐藤隆之助の各供述を綜合すれば、原告が右特別委員会において他の四名の委員に対し、右趣旨の発言をしたことを認めることができる。原告本人の供述中、右認定に反する部分は、当裁判所措信しないし、他に右認定を左右するに足りる資料はない。

第二、そこで、進んで、原告の右発言が地方自治法第百三十二条の「無礼の言葉」に該当するかどうかにつき判断することとする。

一、先ず、右発言中の「ヤシメル」との方言が「虐める」との意味を有することは、証人五十嵐四三の供述により、これを認めることができる。

二、しかして、昭和二十九年九月に発生した早口町泊滝所在の同町有林の前示盗伐被疑事件は、早口町前町長時代に払下げされた山林に係るものであり、右に関し被告議会の調査したところによつて、過伐であることは判明したが、それが誤伐によるものか、盗伐によるものか、盗伐によるものとすれば、盗伐者は誰かという点が不明であつたので、この点を更に調査するため昭和二十九年十月十八日被告議会により、右特別委員会が設置せられ、右特別委員会は、現地調査、関係者招致審問等の方法により調査を進め、その結果、原告及び金沢徳彌の両委員は、被告議会議員佐藤辰治の関係している旭土建が盗伐したものと認める旨主張し、他の委員等は、右のような断定はできないものと主張し、結局委員会としての結論を纒めることができなかつたので、同年十二月二十七日各委員の調査結果をそのまま被告議会に報告したところ、右報告を受けた被告議会は、昭和三十年一月二十七日の本会議において右報告を中間報告と認め、右特別委員会が更に早口町当局と協議した上、一致した結論を出すべきであるとの決議をしたので、同年二月一日右特別委員会が開会せられ、同日の委員会には、金沢徳彌議員を除き、原告を含む五名の委員及び早口町長の計六名が出席して開会したものであることは原告の明かに争わないところであるから、原告の自白したものとみなすべく、又成立に争いのない乙第四号証の一乃至六、証人佐藤隆之助、五十嵐四三及び原告本人(一部)の各供述を綜合すれば、前記のように右特別委員会委員の各委員の調査結果による意見が岐れるに至つた経緯は、原告及び金沢徳彌議員から成る調査班が参考人花田祐成につき調査の結果、同人は、旭土建の関係者である前示佐藤辰治議員の命により早口町払下げ分以外のものを伐採したと述べた旨報告したところ、その後右事件につき警察においても捜査を始め、警察の捜査に対しては右花田祐成は右報告とは反対の供述をしていることが右委員会に知れたので、同委員会は改めて花田祐成につき調査したところ、同人は右報告とは反対の供述をしたためそれまで原告等の盗伐説に従つていた他の委員が、委員会としては、佐藤辰治議員による盗伐との結論を下すことは困難であるとして、本会議に対し、盗伐説による報告をなすことを躊躇した結果、前示のように各委員の意見不一致のまま被告議会の本会議に報告し、同議会より再調査の議決を受けて、昭和三十年二月一日右特別委員会が開会せられるに至つたものであること、同日の委員会は右被疑事件につき当時既に警察当局の捜査がなされていたし、又右のような経緯からして議事が終始極めて緊張した空気の中に行われ、一方原告は、右「ヤシメル」の発言をする前にも、「本日の委員会においては、私は発言しない、本会議で申し述べる。」などと発言し、議事に加わる誠意が窺われなかつたこと、原告が右「ヤシメル」の発言をしたのは、委員長の許可なく退場する際であつたこと、これら原告の発言は語気荒くなされたこと、以上の事実を認定することができ、原告本人の供述中、右認定に反する部分は、当裁判所措信しないし、他に右認定を左右するに足りる資料はない。

三、そこで、以上の諸事実を前提として、原告の右発言に対する評価を試みるに、正規の手続により設置せられた特別委員会の議事に際し、原告が前示のようなふん囲気の委員会において、前示のように語気荒く「本日の委員会においては私は発言しない。本会議において述べる。」などと発言し、次いで「諸君は自分を「ヤシメル」のか。」と発言したことは、結局他の出席委員は原告を「ヤシメ」て公正な審議をしようとしないのであるから、他の出席委員等とことを議するを快しとしないとの趣旨であることが窺われる。そうだとすると、他の委員が誠心誠意を以て議事を進行しようとするのに対し、他の委員に対し地方自治法第百三十二条の「無礼の言葉」を使用したものであり、同時に他の出席委員が侮辱を受けたことになり、従つて原告に対する懲罰処分を被告に求め得ることは明らかである。

四、しかしながら翻つて、原告側の事情を顧みるに、前記のように、原告は右委員会に盗伐説を採る唯一人の委員として出席したものであり、而も原告が自己と同意見を採る金沢徳彌議員の同席を委員長に要求したが容れられなかつたことも、当事者間に争いないところであるので、原告としては、いわば、孤立無援或いは四面楚歌の立場に置かれたものというべきであり、原告本人の供述(前示措信しない部分を除く)によつて認められるところの、原告は当時風邪のため高熱を発して臥床中であつたのを押して右委員会に出席したとの事情も併せ考えると、原告が右議事に際し、可成りの被圧迫感を覚え、興奮していたことは十分に窺えるところであつて、原告が右発言をするに至つたことに対しては、相当程度、情の酌むべきものがあつたと認めるのが相当である。従つて、原告の右発言を捉え、議員に対する極刑ともいうべき除名処分を以て臨んだ被告の議決は著しく酷に失するものと断ぜざるを得ない。けだし、普通地方公共団体の議会が、その議員に対する懲罰として、除名処分に付し得るのは、その議員が議場若しくは議会において議会の品位を汚し、その権威を失墜する言動又は議場若しくは議会の秩序を乱し、議事の円滑な運営を阻害する言動に出た場合で、而もその非行の情状が特に重い場合に限られるべきものと解すべきところ、原告の右発言は前説示の事情の下においては未だ右の場合には該当しないものと認められるからである。

以上の理由により、原告に対する懲罰として、これを除名する旨の被告の議決は、その事由がないのにかかわらずなされた違法のものとして取消を免れない。原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小嶋彌作 藤井一雄 阿部秀男)

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